出来ることを増やすより、出来ないことを減らす方が性に合っているかもしれない話。
こんにちは、しようこです。
いきなりなんですけど、今日初めてバイト先のピザ屋さんで、ボトルワインのコルク抜きに成功したんですよ。(他の店員さんの補助付きで笑)
それまでは、コルク抜きが出来なくて、店長や他の店員さんにお願いして、逃げ回っていました。
で、それに対して、些細な負い目とかがあったわけです。
「これじゃあいけない」と思って、入店して半年も経っているけど、一から教えてもらって、それを見て、メモして。
で、今日初めて出来たんです。
店長が「やったやん!」って褒めてくれました。すごく嬉しかった。
出来ないことが一つ減ったんです。
それで、出来ることが一つ増えたんです!凄くお得だな~と思いました。
話が少し逸れてしまうのですが、私は、自分に対する満足度がかなり低いです。
あれも出来ない、これも出来ない、ああ、それも出来なかった…。
この世には出来ないことが多すぎて、出来ない自分を責めてしまいます。
それに追い打ちをかけるように、仕事場でのミス。店長や、社員さんに怒られる毎日。言われたことを出来ない自分。
あーーーーーーーーーーーもうこんなこと嫌だ!!!!!
うんざりだ!!!!!!
自分ダメ!!!!!!!
そうして、自信を無くし、自分に対する満足度を下げる。そしたら、自信がないから、出来ない自分がいる。最近は、こんな日々が続いています。
で、ワインコルクを抜けるようになったことで、ふと思ったんです。
出来ることを増やすのもいいけど、出来ないことを減らす方が今の私には効率良くない?って。
「出来ること」というと、自分には見えない所や気付かない事が多い。
例えば、今与えられているピザ屋の仕事でプラスαを発見する事は難しい。
日々の仕事は大体ルーティンだし、半年や1年経っていると、これに出来ることを増やすというのはより高度な技術を習得するということだから、労力がかかる。
ほかの物事にも多分当てはまると思う。取り組んでいる事がマンネリ化してくると、他になにが出来る?と思うことも増えてくると思う。
でも、仕事やプロジェクト等、なんでもいいのだけれど、その中で自分が出来ないことや苦手なこと、よくやらかすミスはしばらく経つとより明確にわかってくる。しかも、出来ること増やそうとする時よりも、より具体的に見えると思う。さっきの私の例で言うと、「コルク抜きが出来ない」とか。他にも、「オーダーミス」やら「端的に要点を説明できない」とか。あと、「シフトの確認不足」もたまにやらかしてしまう泣(ああ、書いてて嫌になってきた…)。
これらの出来ないことは、どんなことができないのか、なぜできないのか具体化しているから、対策が打ち出しやすくなるなと思うんです。仕事が回り始めて、しばらく経つと、ミスしたり、出来ないことって「ああ、やらかした」とか「また出来なかった」って思うだけで、改めて考える機会って意外と無かった。
けど、改めて考えて、文字に起こしたり、そうでなくてもそういえばこれが出来ないなって頭の中で認識すると、じゃあ次仕事入った時に、今日はこれを意識してみようってなりませんか?
最近は、オーダーミスの原因である、「オーダーの繰り返しがしっかり出来てない時がある」を認識して、かなりゆっくりめにオーダーを繰り返ししています。さらに、お客様にも、投げやりの確認をしてもらわないように、メニューを指さして確認したりもしています。
そのおかげか、オーダーミスがここ2週間くらい減った気がする。
こんな風に、自分自身の出来ないことを認識して、減らしていくのはゲームみたいで楽しい。1日が終わった後、「よっしゃーオーダーミスなしやああ!」「ワインコルク抜けたぞ!」って自分を褒めてあげられます。
こうして、少しずつ自分に自信を持たせてあげたいなと思います。
出来ることを増やすということよりも、出来ないことを減らすという視点のほうが、今の私に向いていると考えています。
もし、自分に自信がない方、出来ることに限界を感じている人は、今一度、これまでを振り返って、「出来ないこと」を見つめ直してみるのもいいかもしれません。